Chapter10:ニャオニクス姉弟

「くそっ……最悪だぜ」 

ドブ水まみれの悪臭だらけの格好で
俺は一人よろけながら、朦朧とペンションへの帰路についていた

畜生……
一体何だったんだあのヨーギラスってイカレ野郎は……
ガッツリとポーズ決めたかと思ったら、キックで俺をドブに突き落としやがって

何が「俺は悪を倒すオトコ」だ。
正義のヒーローでも気取ってるつもりかぁ?
ふざけた野郎め……ただ"立ちション"しただけで何でこんな目に遭わなくちゃならないんだ

「あのガキ、今度会ったらタダじゃおかねぇぞ。オエッ……」

ヤツに嗅がされた妙な『葉っぱ』のせいか
体はだりぃし、悪寒と吐き気が込み上げてきやがる

それに気のせいか「ぷしゅ、ぷしゅ~」と、"煙"みたいなのが体からぼうぼうと立ち昇る音がする……
俺の歩いたそばから地面が溶けて沈んでいくような奇妙な感覚もあった
まるで柔らけぇ泥の上を歩いてるみてぇだ……

自らの体の異様を感じつつも、寝れば治るだろとかいう安直な考えのもと歩き続け
俺はついに《ペンション・カンナギ》に帰りついた


遠かった……

死ぬほど遠かったぜ……

やっとの思いで帰ってきた俺は
安堵し、窓淵に手をかけてゼェゼェ息を切らした
窓の向こうは"食堂"になってて、お客のポケモンたちがのんきに晩メシを食っているのが見えた


畜生……

さっきより確実に悪化してやがる……
あの『葉っぱ』、じつはとんでもない猛毒だったんじゃねぇのか?

体が重い……
意識がぶっ飛びそうだぜ……

くそったれ
何が悲しくてこのピチュー様が、脂汗まみれで夜道を徘徊し
鼻息を荒げながらペンションの窓を覗き込まなくちゃならねぇんだ。これじゃまるで不審者だぜ

その時、窓の向こうを皿抱えて走る《弟ニャオニクス》が横切った

向こうも俺に気づいたらしく、戻ってきて不思議そうに目をパチクリさせた後、
慌ててドアからこっちへ飛び出してきた

「やっぱりピチューじゃないか!一瞬不審者がいたのかと思ったよ
一体どうしたの……」

弟ニャオニクスはくたばりそうになってる俺の肩にもふもふした手をぽん!と置いたが、
その言葉は途切れ、代わりに皿を落としてガシャァンと割れる音がした

直後、今度は叫び声がきこえた

「くっさァ~!!どうなってんのこれ!?」

俺はずるりと窓から滑り落ち、硬ぇ地面の上にぶっ倒れた
意識がトぶ中、チビすけやらミルタンクさんやら大勢のポケモンが次々に出てきて騒然とするのが見えた

……







ぐ……ふ……

気がつくと俺はニャオニクス姉弟に担がれ、階段を登ってる途中だった

「……大丈夫?
すぐベッドに連れていってあげるからね。」

弟が俺の耳元で言った

どうやら俺はぶっ倒れて失神し、駆けつけたネコ姉弟に二階の部屋までおぶって貰ってるらしい
振り返ると、チビすけが心配そうにチョコチョコついてくるのが見えた

オエッ……

畜生。
さっきにも増して、頭痛と吐き気が襲ってきやがる
とても正気じゃいられないぜ。

ペンションじゃなくて素直に病院行ってりゃ良かったと俺は今さら後悔した。

やっとこさ階段を登り終えると、
ネコの姉弟が靴からスリッパに履き替えるのを俺は何となく凝視した
姉の方は白くてツヤツヤした靴下を履いてたが、弟の方は靴を脱いだらハダシだと俺は初めて気づいた

俺は二人におぶられ、香しい匂いのする廊下をギシギシと進んだ

ふはー……
さっきから両脇のネコ姉弟の毛並みがフンワリしてて気持ちいい

ネコだからか、この姉弟の毛すげぇもふもふで癒されるぜ
それに姉の方は何だか"いい匂い"がするぞ……クンクン、クンクン……がはっ!!

匂いを嗅いでると床へバシッ!と叩きつけられた

「あでででっ!何てコトしやがるんだ
こっちは病人だぞ!」

抗議しようと体を起こすと、姉ニャオニクスは冷徹に腕を組み、
まるで"穢らわしいモノ"でも見るかのような目で冷ややかに俺を見下ろしていた。

「失礼……何やらとてつもない悪寒が走ったので。」

口調こそ冷静だったが
その顔はゴゴゴと音が響きそうな凶暴性を孕んでいた
横にいた弟ニャオニクスとチビすけもあまりの剣幕に滝のように汗かいてドン引きしてるぜ

うひぃ~!
スンマセンでした姉様!!ほんの出来心だったんだ!
反省してるんで許してくだせぇ!!

俺は地べたに這いつくばり、土下座しながら許しを求めた
その姿に満足したのか姉は「フンッ」と鼻息を鳴らし、俺のそばを通り過ぎていった

「フー……
おっかない姉ちゃんだぜ。」

俺はほっとしてヘナヘナと崩れ落ちた

「ごめんよ。姉さん、ああ見えて怒りっぽいからさ」

《ジョバンニ》つったか、
弟のニャオニクスがしゃがみ込んで俺にヒソヒソ言った

あんなこえー姉ちゃんが姉貴だなんてよ……
いつもニコニコ笑ってるけど、お前もさぞかし苦労しまくってるんだろうな。同情するぜ

まもなく部屋に着くと、俺は「どさり」とベッドに転がった



クッ……
吐き気が頭がおかしくなるぜ

これほどの苦しみを味わったのは生まれて初めてかもしれん



「お兄ちゃん!ゲロする時は言ってね!」

チビがジャジャーンと"洗濯用の桶"なんか取り出してみせた
ずいぶん用意周到だな。

そもそも、朝から何も食ってねーから出そうにも出ないぜ

てか"医者"だぁ~
とっとと"医者"を呼んでくれ!
このままじゃマジでくたばっちまいそうだぜ!がはーっ!

「姉さん」

無様に呻いていると、
ニャオニクスの弟姉がお互いを見てコクリと頷き合った

姉の方がこっちへ歩いてきて、俺の腹辺りにゆっくり手をかざした

何だ……
一体何をする気だ?
疑問に思いながら見てると「ポワァ……」と、姉の手が光り出した。

すると、みるみる内に吐き気とだるさが消えていき
俺はすっかり楽になった

「一体どうなってんだ?」

俺は身を起こし、体に異変が無いか確かめようとしたが
直後にチビに「お兄ちゃーん!!」と泣きつかれ、危うくベッドから落ちそうになった

仕方なく俺は「よしよし」と甘えてくるチビを撫でてやった

「魔法を使ったのさ
姉さんが、魔法を使ってキミの病気を癒したのさ」

何が起こったか分からん俺に弟ニャオニクスが言った

魔法だと……
今、魔法って言ったのか!?

「本当さ
信じられないかもしれないけど、ボクと姉さんは魔法が使えるのさ」

お前本気で言ってるンだな!?
いや、確かに今くたばりそうになってた俺を"謎の力"で治してくれたのは事実だ
もしや本当にこの姉弟……ま、魔法使い!?

「アラ~ッ!!ピチューちゃん具合はどうお?」

その時、唐突にミルタンクさんがドタドタと部屋に入ってきて
俺はビクッと飛び上がった

「近所の子と喧嘩したって本当!?
ダメよモ~!子供同士は仲良くやんなくちゃね!!」

ミルタンクおばちゃんは俺の肩を掴むと、激しくユサユサ揺らしまくった

俺が「大丈夫っす」と返事をしたら
おばちゃんは「本当に~?」と、今度は俺の目の前でその丸い手をグルグルと動かした
ウッ……目が回るからそういう事やめてくれよおばちゃん!

俺がもうすっかり平気だと知り、おばちゃんは満足したように微笑んだ

「これ飲んで元気になって頂戴!
私とグリモちゃんは下で接客してるから、後はヨロシクね!ジョバンニ君」

ミルタンクさんはそう言うと、モーモーミルク入りの瓶を俺に手渡し
姉の方のニャオニクスを連れて下へ降りていった

「何か営業妨害しちまったかな……」

俺はとりあえず瓶の蓋をキュッキュと外し、ミルクをぐびぐびと豪快に飲んだ

う……うめ~!
体中に栄気が満ちるのを感じるぜ!!
やっぱミルタンクおばちゃんの搾りたてミルクは最高だな

「あのさ!
一体何があったのか教えてよ」

弟ニャオニクスが俺にたずねてきた

「さっきのキミ……うん。見つけた時のキミね、体中から"蒸気"が立ち昇っていたし、
歩いた地面なんか腐って毒沼化してたよ。」

「それに臭かった」と弟は付け加えた

俺は口をあんぐり開け、弟ニャオニクスが語る散々な話を呆然と聞いた
聞けば聞くほど悲惨で俺はそのうちげんなりした

「というわけで……
姉さんが『しんぴのまもり』で毒沼化を抑えてくれなかったら、今頃ペンション中真っ黒けさ!」

かはっ……
どんだけやべー状態だったんだ俺は!!
冗談抜きであのヨーギラスとかいう野郎、俺を殺す気だったのかよ!

「ねえ、何があったの?教えてよ」

フサフサしっぽを揺らし、しつこくたずねてくるこの人懐っこい弟ネコに、
俺は起きた事を洗いざらい話してやった

「ひょっとして……
巷で噂の《ハーブ密売ギャング》だったんじゃない?」

俺が全てを話し終えると、弟は不安げな表情でそう言ってきた。何だそのハーブ密売ギャングってのは?

「メンタルハーブやパワフルハーブといった
"ポケモンの体に良い効果を与えるハーブ"を違法に栽培し、密売している集団の事です。」

聞きなれん名前に首をかしげていると、
姉のニャオニクスがお盆に"紅茶"を乗せて部屋に戻ってきた。

「でもね・・・中にはそれらを品種改悪して
ポケモンの体に害を及ぼすようになった猛毒のハーブもあるみたいってさ。」

弟ネコがさらに不穏な事を言い出した

「も、猛毒だとー!?」



ウッ……

俺は気分が悪くなった

ま、まさか……
俺があの野郎に嗅がされた『葉っぱ』は……

「心配いりません。例えどのようなハーブでも、
その成分はワタシの"治癒魔法"によって完全に浄化されたのですから。」

「もう大丈夫」と姉はそう説明した

そ、そっか……
俺は安心してほっと胸を撫でおろし、運ばれてきた紅茶をズズとすすった。甘かった

しっかし"猛毒の違法ハーブ"とはとんでもねぇもん使いやがって……
正義の味方が聞いてあきれるぜヨーギラスさんよ

やはりロクでもない糞野郎だったな!思った通りだぜ。ぐっふっふ





それから……
元気を取り戻した俺は、チビやニャオニクスの姉弟と色々語り明かした

姉弟の身の上話……
《マシェード》っていう優しい魔法使いのおばさんと一緒に暮らした事、亡くして悲しい思いをした事、
そして《カプ・テテフ》っていうポケモンを探し求めて旅をした事も聞いた

二人の話を聞いてる内に俺は確信した
こいつら姉弟は、ペテン師じゃなくて"モノホンの魔法使い"だと
まさか魔法などというもんが実在するとはな……こりゃ最高に面白くなってきたぜ。ぐふふふ

「ねえ!魔法ってさ、
がんばればボクにも使えるかな?」

チビが目をキラキラ光らせながら、期待したように姉弟にたずねた
「残念ですけども……」と姉は湿っぽく口を開いた

「魔法使いになる事ができるのはごく一部の限られたタイプのポケモンのみ……
エスパー、ゴースト、フェアリーだけなのです。」

チビは「がーーん!!」と心底がっかりしたようだった

そっか……
チビは《キャモメ》だから水と飛行で魔法は使えんという訳か

つまりは電気タイプの俺にも使えんと。
魔法使いになって、魔法の力で最強のポケモンになるって俺の密かな野望は早くも潰えた

「がっかりしないで!
ポケモンって、みんな何かしら特別なチカラを持っているものさ」

落胆した俺たちに弟が言った

「その通り……例え魔法は使えずとも、
ポケモンには皆それぞれ、自分にしかない『固有の能力』が備わっているのです。
ワタシとジョバンニが出逢ったカプ・テテフというポケモンも、それはそれは不思議な力の持ち主でしたよ。」

「ポケモンはみんな"自分だけの特別な力"を持ってる」と姉弟は教えてくれた

そっか……
魔法は使えなくても、俺には"俺だけの能力"がちゃんと備わってるんだな
おーし!それを聞いたらガゼンやる気が出てきたぜ

俺だけの能力を引き出し、ゆくゆくはカプじいやリザードンさんを越えるつえーポケモンになるんだ
そのためにも《学園》でしっかりワザの勉強しなきゃな!

その晩、双子のニャオニクスと話をし
俺の《シルヴァー学園》に入りたいって思いはよりいっそう強まった

ただまぁ『入学許可証』が間に合わなかったら元も子も無いがな……


ウッ……
何かまた胃が痛くなってきたぜ









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